【フールくん、ハイ!】 秋晴れの爽やかな日の午後、ジャスティスは森の道を歩いていた。 彼女は、チャリオットの修行に付き合う約束をしていた為、自宅から徒歩で半時ほどかかる山の中まで出向いていく途中だ。 緑の木立が切れ、黄褐色に染まる荒涼とした岩肌の道が目に飛び込む。 途端、ジャスティスは足を停めた。 ふたりの人影が、森の切れ目と岩山の境に立っていて、こちらに背を向けている。 ひとりは白地の法衣姿、もうひとりは大鎌を肩に携えた紺色のローブ。はっきりは判らないが、 ふたりで何事か話をしているようであった。 大鎌が目に入った直後、ジャスティスは地面を軽く蹴り、小走りに人影に近付いていく。 「何やってんだよ! デス!」 怒声を含んだ言葉を投げつける。 ローブが翻り、大鎌を下ろしながら女性が振り返る。同時に、もう片方の法衣姿も踵を返した。 「あ、ジャスティス。こんにちは」 名前を呼ばれた方ではなく、法衣姿の男性―――ハイエロファントが代わりに挨拶をする。 一方の女性―――デスは何も言わずに、黙って彼女に視線を向けていた。 その、紅玉の如き色彩を湛える瞳に射抜かれたように、ジャスティスが再び立ち止まる。 「また首刈りしようとしてたんだろ! いい加減にしないか!」 問答無用の言い方に、ハイエロファントが静かに顔を振り、諭すような口調で語る。 「違うよジャスティス。別にデスは首を刈ろうとしてたんじゃないよ。ちょっとふたりで、フールくんと立ち話をしてたんだよ」 「へ? フールくん?」 そう言われて彼女は、改めて周辺に目を凝らす。 デスとハイエロファントの向こう側に、ローブを着た背の低い男児が、白い猫を抱きかかえて立っていた。 彼はジャスティスを確認すると、弾かれたような声を上げる。 「アニョーン!」 「あ、こんにちはフールくん」 拍子抜けした表情で、彼女が挨拶を返す。 「どうしたの? 一体何の話をしてたんだい?」 「ニョン、アニャニョニョミョン、ホミョニョニョ〜。アニョハニョ〜ン」 それを頷きながら聞くと、ジャスティスは溜め息を漏らし、フールに目線を投げる。そして数回頭を振ってから言葉を繋げた。 「そうなんだ・・・大変だったねぇ。でも、もう具合はいいの?」 「ニョニョン!」 「そっか、それは何より!」 それから、今度は据わった鋭い視線でデスを睨みつける。 「まさか、それで首を刈りにいくつもりだったのかい? デス!」 先ほどよりも更にきつい、断罪的な容赦のない口調。 しかしデスは表情を崩すことなく、淡々とした調子で言葉を放つ。 「だとしたら・・・どうするつもりだ?」 「許さない!」 一呼吸も置かず、ジャスティスは背負った大きな剣を引き抜く。流れるような動作でそれを正面に持ってきたかと思うと、 直後には正眼に構えて剣先をデスに向ける。 「死神のやることを、正義が見逃すと思うのか!」 憤怒の形相で、彼女は腹の底から声を上げる。 それを目の当たりにしても、デスの冷静な顔が変わることはなかった。 真っ直ぐに、ジャスティスの向ける目線に自分のそれを返している。 「ふたりともいい加減にして! ジャスティスは剣を収めて!」 遂に、ハイエロファントが間に割って入る。 「理由もなく闘うのを、僕は黙って見てる訳にはいかないよ。それにジャスティス、デスは『今日は首を刈るつもりはない』って 言ってる。それに、フールくんの相談にのってくれてたんだよ。そんな彼女に剣をいきなり向けるのは、どうかな?」 「え? そうなの? フールくん」 瞬時に緊張が解け、ジャスティスの話し方が間の抜けたようなものになる。 「アニョン!」 フールは満面の笑みで彼女の質問に即答した。彼に抱えられた猫も、嬉しそうに両足をバタバタと動かす。 ハイエロファントが、今度はデスに向き直り、優しい口調で言葉を紡ぐ。 「デスも挑発的な言い方はやめた方がいいよ。解ってくれるよね?」 「・・・解った」 目を伏せて、あっさりと彼女は返事をした。少し和らいだ表情が浮かぶ。 ジャスティスは、内心驚きを禁じ得なかった。今までデスを見てきた過程で、この様な顔は見たことがない。 何者も寄せ付けない隔絶した雰囲気と刺すような視線だけが、自分に向けられてきたものであったからだ。 彼女はゆっくりと、目の前の死神を確かめるように、剣を鞘に格納する。 「ホニョニュミャン、フミュ・・・アニョニョ!」 その様子を見ていたフールが、ジャスティスに話を振った。 対してジャスティスは、大きく息を継いでから腕組みをして目を伏せる。 「解ったよ、エロファントとフールくんの言う通り、この場はやめておくからさ」 そして、チラリ、とデスの顔を見る。 彼女は既にこちらに視線を投げていない。ハイエロファントを見詰め、それからフールに視界を移しているようだ。 (何か・・・エロファントやフールくんの前だと、大人しいなぁ) 幾分、燻りが心の中に湧く。 ジャスティスは憮然とした表情と、少し拗ねたような声色で問う。 「ところでさ、エロファントは何処に行くつもりだったの? 立ち話をしてるくらいだから、 ここでフールくんと逢う約束してた訳じゃなさそうだね?」 「あ、それはね・・・」 「ニョーミャ、ホニョン!」 いきなりフールが割って入った。 それを耳にした途端、ハイエロファントの顔は急激に上気していく。 そして、傍から見れば笑えるくらいの慌てた口調で言葉を繋げる。 「いや! そ、そそそそそんなつもりじゃ! 別に! あのっ! ホント、違うってば! ねえ、そうだよね、デス!?」 話の鉢が廻ってきた彼女は、さも当然といった冷静さで口を開く。 「その通りだ。別にそんなつもりはない」 するとハイエロファントは、長い、長い溜め息を漏らし、落ち着いたような、それでいて残念そうな複雑さを顔に浮べていた。 その直後。 突然、森の奥から声が飛んできた。 場の誰もがその方向を凝視する。尚も声を上げつつ、こちらに近付いてくるふたつの影がある。 漸く確認出来る距離まで接近してきて、その内のひとりが呼びかけてきた。 「これはこれは・・・一体何の集まりであーるか?」 長髪の魔術師―――マジシャンが、何事かと問う。 彼に正対して、ハイエロファントは笑顔を浮かべて挨拶と答えを返す。 「こんにちは、マジシャン、プリエステス。僕らは、別に行事があるから集まってるんじゃないよ。 ちょっとフールくんとお話してたんだ」 「フールさん・・・ざますか?」 怪訝そうに眉を寄せ、ハイプリエステスが身を乗り出す。そして眼鏡越しに彼の姿を確認すると、 にっこりと微笑み、話し掛けた。 「こんにちはフールさん、ご機嫌如何ざますか?」 「アニョーン、ホニョン、アニョニョニャン」 途端、彼女はマジシャンと顔を突き合わせ、互いに難しい表情を浮かべて小声で会話をする。 「・・・今の、解ったざますか?」 「ダメであーる・・・さっぱり解らないであーる」 その一部始終を見ていたジャスティスが、意地悪そうな口調でふたりに言葉を発した。 「なーんだふたりとも、まだフールくんとお話出来ないの? ずっと前からフールくんと会話してるのに、 ダメだなー、早く話が出来ないと」 「随分と研究をしてきたが・・・まだフール語は理解出来ないのであーる」 マジシャンのその発言に、デスが口を挟む。 「フール語? 何だそれは?」 「フールくんが話す言葉のことなんだって。そうだよね、プリエステス」 疑問に対してハイエロファントが回答し、ハイプリエステスに確認を求めた。 彼女の返答を待つことなく、デスが舌打ちをして口を開く。 「馬鹿な言い方だな・・・フールの話している言葉は普通の言葉だろ? 何故わざわざ線引きするような表現をする?」 それを耳にして、マジシャンとハイプリエステスは少なからず驚嘆したようであった。 フールと会話をしている者にとって、彼の言葉は別世界のものではなく、 普段自分たちで口にしている言語となんら変わりがないらしい。 つまり、勉強や研究で会得したものとは違う。 学習で何とか理解しようとしてきた彼らふたりの脳内が、益々混乱してきた。 ではどうすれば、フールと会話を成すことが出来るのであろうか。 フールが、デスに話し掛ける。 「アニャニョン、アニョ〜ン、マニュマニュ〜・・・ホチョ?」 「まあ、そういう言い方もあるが・・・お前がそう言うなら仕方あるまい」 彼女はその言葉に納得した様子であった。 傍らでハイエロファントも、微笑を浮かべて同じように頷いている。 途端、何かに弾かれたようにマジシャンが進み出て、切羽詰ったような表情で哀願した。 「頼む! どうしたらフールと会話が出来るか教えてくれぬか! 我々も考えうる事象は考え抜き、 得ようとすべきことは得る努力をしてきた。だが、未だにフールの言葉が理解出来ん! プリエステスも同様に考えてきたが、まったく解らないと言ってる! 一体何が我々に足らないのであーるか!?」 もう後がないと言いた気な、すがるような口調。 一気に捲くし立てた彼に、ジャスティスが笑顔で話す。 「ふたりともさ、いろいろと考え過ぎだと思うよ。とにかく、フールくんと心から話してみれば難しくも何ともないって。 要は気持ち、ハートだよ」 「ハート・・・ざますか?」 彼女の助言に、ハイプリエステスは改めてフールを見詰めた。 マジシャンも同様に目線を向け、それからその場の全員を見渡す。 「アニャミョン、アニャニョ〜、ホニョン!」 明るい笑みを前面に出したフールが、ジャスティスに言う。 それに数回頷いて、彼女がふたりに顔を向け、右手の人差し指を立てて口を開いた。 「これからお話しよう、って言ってるよ。ふたりとも時間の許す限りいっぱい話してみるといいよ」 マジシャンとハイプリエステスが顔を見合わせ、互いに大きく頷き合う。 フールは幼いながらに、相手に気を使う思いやりが備わっているようだ。 恐らくはこのふたりの為に、わざわざ時間を設けたに違いない。 それを汲み取ったハイエロファントは、デスに目配せをしてからフールに視線を移す。 「それじゃ、僕達はこれで。またね、フールくん。ジャスティスも、また今度ね」 「あ、いけない! ボクもチャリオットと待ち合わせしてたんだ! 急がなきゃ、またねみんな! フールくんもバイバイ!」 「ニョ〜アニョ〜、アニョーン!」 走り去っていくジャスティスと、森の中に歩み込むハイエロファントとデスに、フールは思い切り手を振って挨拶をしていた。 子供らしい無邪気な、満面の笑顔で。 それを傍で注視していたふたりが、彼に聞こえないような小声で語り合う。 「ホントに大丈夫ざましょか・・・何か心配ざます・・・」 「やるだけやらねばなるまい。このままではいかんであーるからな」 それは自信こそなかったものの、一点の打開策を見出した光明から来る発言であった。 フールたちと別れて暫く歩いた後、ハイエロファントはデスに話し掛けた。 「あのふたり、フールくんと話が出来るようになれるといいね」 しかし彼女は、目線を進み行く先に向けたまま呟くように言い放つ。 「無理だろうな。理論で考えてるようじゃ、あいつと話は出来ない」 「そうかなぁ・・・頑張ってるからさ、何とかなればいいな、って思うんだけど」 やや寂し気な口調で、彼が言葉を返した。 それから何事かに気付いた風に、ハイエロファントは話を続ける。 「それにしても、どうして僕達はフールくんと話が出来るんだろうね?」 「・・・お前はフールと話す時、『話さなければ』とか考えてはいまい?」 その問いに、彼はデスの横顔を瞳に映し、首を上下に一度だけ振る。 「要はそういうことだ。あいつらは自分で自分に枷をしている。それではいつまで経っても会話など実現しない。 それに気が付けば話は別だが、まあ、そこまで面倒みてやるつもりもない」 突き放すようなデスの話に、ふう、と息を継いでハイエロファントが言った。 「でも、これがきっかけになってくれればいいな」 結局。 マジシャン、ハイプリエステス、フールの三人は夜の帳が降りる頃まで話を続けていたという。 最終的に彼らの会話と意思の疎通が成されたかどうかは、未だ定かではない。 後日、ジャスティスがハイエロファントに逢った時に語った話がある。フールはふたりとの会話を大変に楽しんだ、 ということだ。 しかし一方で、デスがハイエロファントに告げた事実。 あの日が過ぎてから数日間、無理が祟ったのであろうか、高い熱を出して寝込んだ人物がふたりいる、ということ。 道は、険しいようであった。 2002.09.22 《 了 》 <しょぼ管理人のコメント> しいたけ大隈様からこんな素敵な小説を頂きました! デ、デスちゃんとハイエロが仲良しー!!(嬉) デスちゃんも好きで死神などしてる訳ではないでしょうし、いずれジャスティスとも和解できる日が 来ればいいななんて思いつつ。 だってホラ、フールと心が通じ合えてるんですもの…ねぇ? これは11月のサイトオープンが楽しみですな♪ |